2013年5月29日水曜日

よしお著作・長編小説『征生男・惜春 -番長編-』の出だし


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番長

 

それは突然沸きあがり一挙に膨らみ弾けた。窓外の狂気を孕(はら)んだ喧騒。粗悪で凶暴な渦が今にも怒涛のごとく窓を蹴破って襲いくるように伝わる。

誰も居ない教室。誰もが何処ともなく消えた。いや、逃げた。狂気は罵声の乱気流となり、何十人もの奮える怒号が猛る。。

「嶋田ってドイツや。出てこんかい」
「イテもうたるぞう」「殺すどうっ」

 既に怯えは消え去っていた。鼻孔の奥にツーンとした冷たいものが広がり、湧き出る闘気の迫りあがりを意識して緊張感で胃がチクチク疼くのを征生男(ゆきお)は冷静に受け止めて、ただ闘気の巡るのを待ちながら何かを測っていた。

一人に多勢。味方は全て逃げた。いや、初めから味方なんて居なかった。全ての生徒が飛び出した後の教室は机、椅子が雑然と並んび灰色の乾いた意識のない景色を映しだしていた。その後方の自分の机に頬杖をついて瞑想するように時を測っていた。飛び出す間合いか、ふわっと浮き立つ覚悟の捕まえどころか、何かドシッと腹の底に居座る不動の覇気の位置を測って時を刻んでいた。長く感じたのは五体に走る緊張と鋭利な闘争心の振幅で、実は数分の短い時間だったのだろう。
 前かがみになって緩んだスニーカーの紐をギュッと締めなおした。立ち上がりガクランを脱いで机の上に置いた。カッターシャツの上のボタンを一つを外し、腕まくりをした。

窓からの陽射しが教室の壁を斜めに仕切り明暗をクッキリ浮かびあがらせ、人気のない室内でたった一人きり闘いの序曲を奏でているような。深く息を吸い吐き、胴振るいをして、肩を回して筋肉を解した。 


「おうっ出てきよった。アイツや。あれが嶋田や」
「袋叩きや」「殺せ殺せ」「イテまえ」
 何十人と思ったのがざっと二百人か。全て二年生。
「お前か、嶋田は」

 晩秋の陽光は正午近くともなれば強く射しそれを真上に浴び額に僅かな汗の粒を浮かび上がらせ目の窪みのくっきりした影は何度か見た番長格のリーダー。このグループは三年生も恐れて敬遠していた。背丈は征生男と同じ位で頭髪をリーゼントで固めガクランの前は開けっ放し。顎を突き出し反り返っている。
「ま、こっちへ来んかい」

 平屋の校舎からかなり離れた校庭の中央に有無を言わさず連行された。群が嶋田を取巻いて移動する。

拡散した陽光が強い光を広げる中で群れの罵声が交差して渦を巻き、その場の空気を震撼させる。幾つもの小さな群れが遠巻きに屯していた。事態の推移を見ているのは三年生か、あるいは同年の一年生か。言えるのは、学内で一番恐れられている二年生の凶暴な集団に誰もが触れたくない。それでも事の推移は見届けたい好奇心の眼差しを向けていた。


「嶋田、北村が二年生にやられてんねん」
 誰かの注進が教室の開け放された窓の向こうで炸裂した。征生男の体は反射的に席を蹴ってそのまま窓を飛び越え「こっちやっ」と促す仲間の後を追った。真新しい平屋建ての校舎。先導する仲間はその裏手に曲がる、殆ど同時に征生男も曲がる。

校舎と裏の塀の幅三メートル程の路地、日陰で育ちの悪い低いひ弱な雑草が斑に地面を這う上で頭を抱え、くの字に体を曲げて横倒しになっている北村が目に飛び込んだ。と同時に北村を取り囲み足蹴りにいたぶっている三人も視野に収めた。

 傍らに壊れたベンチ。征生男は躊躇(ためら)うことなくベンチの板を一枚剥がし斜めに構え、暴行を繰り返す三人の二年生に「おーりゃあー」喊声をあげ突進。一番手前の背を向けている奴の背に板を上段から叩き込んだ。
「痛い!」弓なりに仰け反る。

返す勢いで右の一人の胸元へ板を水平に打ち込んだ。勢い余って板は掌から抜けてすっ飛んでいった。「うぐっ」と相手は胸を抱えしゃがみこんだ。後一人は虚をつかれ征生男を振り返る。

他の二人の目線は恐怖で泳いでいる。最初にしゃがみこんだ奴が、やおら立ち上がるや否や踵(きびす)を返してダッシュして逃げ去る。呆気にとられ棒立ちの残り一人の前へ飛び込む。顔面を右手の拳が横様にぶっ飛ばした。よろけて姿勢を崩したところを髪を鷲掴んだ。力を込めてぐっと持ち上げ、更に力を込めてそのまま膝頭に叩き下ろした。相手は鼻を強打して鮮血が飛び散った。再度髪を持ち上げ顔面に拳の一撃。蹴り倒した。ドタッと倒れた。倒れた奴はあらん限りの力を振り絞るかのようにそのまま這いずって亀のように必死で逃げ去っていった。

まだ倒れたままの北村に駆け寄った。

「どやっ、大丈夫か」
「うわぁっ、やっぱ、嶋田、来てくれたんや」
 それは一時間目が終わった時の出来事。

 微風が頬を過ぎていく。温かい乾いた風。
 熱っぽいうねるようなざわつきで群れの中に取り囲まれている。連行されながらも、じわじわと校庭の塀の方へ逆に誘動していった。塀は一メートルほどの低いコンクリート作り。いざと言う時は飛び越えて逃げられる。そして、後ろからの攻撃はない。そこで群れは止まった。罵声は止まない。

カッと目を見開き鋭い眼光で睨みつけながら胸を反らしたリーダーがつっと征生男の前に立ち塞がる。
「ワレー、さっきはよう俺の子分を可愛がってくれたな。ええ根性しとるやんけ。その根性もっかい見せたれや」
絶対に逃がさんとばかりに威圧をかけてくるのを、征生男は唇を歪め不適な笑いを浮かべて受け止めた。
「おおっ。なんぼでも見せたるで。どいつからやお前か」
 どうなろうとここまで来たらやるのは一つ。このリーダー格だけはイテこましたる。巨大な群れの敵。一瞬、死ぬかも、脳裏をよぎる。

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