ドラマはその夜忽然と生まれたのだ!
「わりゃー何ぬかしとんねん誰にぬかしとんねん!」
幕開けはこの下品で乱暴な叫びでありましたぞ。
「夫婦で行かしてもらいます。飲み放題楽しみにしています」
電話の声だけではどうやら中年のオッサン
安い宿、約5時間飲み放題3800円
若い人が来て一万円以内で食べて飲んで楽しくと
お宿『街山荘』とはそんな破格の料金設定ですわ
で、まぁほとんど若い人が来てくれて楽しい一夜になります
ところがその趣旨に相容れない場違いのお客さんも時には来ますわ
ほんでこのご夫婦予定よりもはるかに早く着きましたね
2時半ごろに着いて、着いてすぐにビールを飲み出した
そこから焼酎になりそのまま飲み続け
5時になり次々とこの日のお泊まりのお客さんが到着
さらに二名の初老の方が飛び込みにきて満室と相成りました。
ご夫婦、前日から連泊の女子2男1、カップル、男子3とご老人2
この日はちょっと大変、連泊の3名様と飛び入りのお二人で
定番の料理以外の料理と予定外の料理と駐車場案内でメッチャ忙しい
そこにきてご夫婦は早々と次次と飲み物のおかわり
ご夫婦は温泉にもいかずただただ飲み続けだす
当お宿の夕食時間は夕刻7時に設定しています
来られたお客さんにその旨を伝え
「とは言え一人でやってますのでいつも遅れます」
「いいですよ。ゆっくり温泉行ってきますから」
ま、大体がこんな感じで満室になっても何とかやってまんねん
7時になって次々とお客さん温泉から帰ってきます
何とか間に合うように作った料理を「取りに来てください~い」
連泊の三人さん、勝手知った我が家のように動いてくれます
それにつられて他のお客さんも動き料理は短時間でテーブルに
囲炉裏付きの大テープルには三組8人の若いお客さん
ご年配のお二人はその横のテーブル
早々に飲みだしてるご夫婦は奥のソファーのあるテーブル
夕食のスタートは宴のスタート
ご年配のお二人以外は皆さん飲み放題です
飲み放題は勝手にサーバーからビールを入れる
これが遊び感覚で皆さんに受けますね~
程々に酔いが回ってきたとやろう、ご夫婦のご主人が
若者たちに向かって大声で話しかける
その内同じ話を何度も繰り返し大声は響き渡る
トラックの運転手で元ヤクザとうそぶく
それでも話しかけられた若者たちは笑顔で快く応対してた
出された料理も大体は食べ尽くされ後は飲んでお喋り
旅の一夜、初対面の見知らぬ人との触れ合い
話題も多岐になって広がり8人はすでに旧知のよう
そこへ酔っ払ったオッサンが話題に関係もなく割って入ってくる
その頃になって、コイツはヤバイとオレは直感
オレもいつもの様に若者たちに同席して飲んでいた
ハーレーに乗ってやってきたカップルの彼は接骨医
ご夫婦の奥さんもかなり酔っていて
接骨医さんに肩を揉まれてユラユラ心地良さそう
とその時オレの横にいた青年が
「接骨医さんに揉まれてよろしね」と軽く声をかけた
次の瞬間んドラマの序章が切って落とされた。
「わりゃー何ぬかしとんねん、誰にぬかしとんねん」
オッサンがソファーからガバッと立ち上がりわめいて
ドタドタと青年近づき同じことをわめく
「何?それジョークか」オレ
「このガキャおらぁ〜っ、誰にぬかしとんねんボケー!」
次はそのままオレの背後をザァッと通り抜けるや否や
青年のTシャツの胸ぐらをグヮッと鷲掴み
「おらっワレッ表へ出さらせころしたろか!」
俺はヤクザや舐めんなよとか暴言雑言でクワーっと
目を剥き出し鼻腔も思い切り開いて理不尽な恫喝
「すみません、僕が何か気に触ること言うたんやったら謝ります」
てな感じで青年は穏やかに謝り続けた。
それがワシの真横、三人の体が密着した状態
あぁあ、やっぱりこのオッサン歓迎でけへんアホやった
ああ〜メンドくさ、くさくさとオレも立ち上がり
オッサンの腕を掴み「この兄ちゃん何も言うてへんやんけ」
それを待ってたかの様に皆も異口同音に非難やらなだめるやら
こういう時ね、こんな奴はそれで益々猛り狂うもんすわ
勝手に興奮して収まりつけへん
そこへ奥さんがヨタヨタと来ていきなりオッサンの顔に一撃
「ワレーそやからオンドレとおんのん嫌なんじゃ」
とか何とか今度は夫婦でわめき始めた
それでもオッサンは嫁はん掻き分け又も青年の胸ぐらを
それを力ずくで解くオレ
「ええ加減にせえへんかったら警察呼ぶど」
とは言えオレは絶対に警察は呼べへん
「警察が何じゃー呼んでみんかい」
「ああもうイヤや、帰ろ!お前は何処なと行きさらせ!」奥さん
突然オレの中で怒りがせり上がってきた
このお宿を開業して三年と8ヶ月、主に若者達と
心に残る数多い楽しい思い出を積み重ねてきた
で、何!これ。あってはならないコトやんけ
それよりも何よりも折角の休日を楽しみに来てくれたお客さんに
バカ一人のために不愉快な思いをさせる
キレるという事を遥かな過去に封印してたオレがキレそう
叩きのめしたい衝動をグッと抑え
ドーンと突き飛ばしたら入り口のドアに背中をぶつけ
尻餅をついたオッサン
「出て行け!二度と入ってくんな!」
「出でいったらー!こんなとこ二度と来るかボケッ」
オッちゃんヨタヨタ出て行きましたわ
階段を降りるもつれた足音に視線を移すと
奥さんが両手に3個もの重いバッグをさげて降りてきた
「旦那さんはあんなんやけどどっかで酔い冷ましてかえってくるやろ。奥さんはここでもうゆっくり寝なさい。それとものみなおしましょうか」
「あんな奴死んだらええねん。酔うと最後はいつもアレや」
「ホンマにな、酒癖悪いな。そやけど飲めへんかったらエエ人なんやろう?」
「うん、エエ人なんやねん」涙ポロポロ、オレ、ティッシュ手渡す。
「辛いねん」「辛いやろうな〜」
「な、もう一回飲み直そう」「うん」
さて、ここからドラマの本筋だす
奥さんの手を取り肩を支え又若者達の輪へ
お帰り〜、一緒に飲もう飲もうと皆さん拍手
連泊の一人の女子がこの奥さんと同じ名の『ユカちゃん』
彼女がオレからバトンタッチで奥さんの肩を抱えて並んで座る
似た者夫婦言うか、この奥さんも酔ってチトややこしい
周りの何人かをネメツケ、絡みかける
そこをユカちゃんがさり気なくなだめて笑いに誘う
初めて会って見ず知らずのしかも酒癖がややこしい人
本来なら構わず楽しくできる仲間と居て当然
それが、まるで優しい娘の様に接してる
ふと気がついた。
三人の若者達の一人の姿が見えへん
「彼どこ?」
「オッちゃんの後追いかけて行った」心配してとの事
結局あの人も寂しい人なんや、そやけど困った人等等
そんな話もでたり何やかんや皆で飲み直して30分ほど経ったかな
入り口のドアが開いて青年が入ってきた
「オッちゃん連れ戻してきたで」
オッちゃん、頭をすくめて入ってきた。
「お帰り〜」
全員の拍手が当たり前の様に湧き上がった。
オレ、胸の中のグレーが一瞬に払拭されて思わず目頭熱う〜なってもうた
「オッちゃんと何処でどんな話ししてたん」
「ローソンの前に座って何か色々人生話とか」
「エライな〜君は」