2017年3月12日日曜日

大阪からオレに会いに来てくれた

「えぇ〜いつ?何処で?ここ?大阪で?」

「今夜5人で飲みに行きます」と昨日の昼メールが入った
名前を見ても、えぇ何方さんやろ?サッパリ思い出せへん

この日、以前からオレに会いたいというお嬢さんが大阪から一人で訪ねてくる
会ったことないのに、何で⁉️
ワクワクドキドキ、メッチャ緊張してたとこで
更に記憶にない多分若者であろう男子も訪ねてくる
寂しい日常がこの日は一変して楽しく賑やかになる、期待期待✌️

お嬢さん、夕方6時頃きて程なく温泉に行きはった
メッチャ丁寧でオレのコト真から大事にしてくれてる、何で⁉️

単純調子乗りのオレ、嬉しさの余り夕食にカニをサービス
お風呂から帰ってきて🦀を見ても大げさなくらい喜んでくれ
ほんで、食べだしたらコレも大げさなくらい「美味しい」を連発
その辺りからオレの緊張も解れ二人で、いや二人きりで飲みだした

勝手なもんで、そうなるとこの後押し寄せて来る五人が
至ってお邪魔ムシに思えてね、、、やっぱりオレ、アホや😅

お嬢さんとそこそ飲んでで程よい感じで酔いが回ってきた頃
ドアが開いてドヤドヤと男五人が入ってきた
メールを送ってきた本人を見て
「えぇ〜〜いつ?何処で?ココで?大阪で?」
記憶にないから多少パニクって、皆若い

ずっと大阪でJazzBARをやってきた
信頼してた店長の度重なる裏切りで200万余の損害を浴びせられ
大阪の店を無念にも撤退せざるを得なかった
その最後の店が西天満の大きいテナントビル
その同じテナントビルの上で事務所を置く会社の一人が
閉店間際のJazzBAR街山荘の西天満店に飲みにきてくれた

その彼が仲間と一緒に飲みにきてくれたんや
いやいや、しかし、ほんだら何でお宿街山荘に泊まれへんねん❓

この子らアホか、オモロ過ぎる
この日の朝、日本列島をチャリで縦断するチャリ君を見送った
何と、彼ら五人も大阪からチャリで来た、しかも普通にママチャリ

類は友を呼ぶってこんな事
オレも充分変わってるみたいで普通ちゃうし
そんなとこへ、そんなオレを何故か慕って来てくれる変人が絶えませんな
で、お嬢さんは現存するオレの著書三冊を買ってくれた

更に、五人の若者の一人が建築関係の社長で
3月が終わり4~7月までオフシーズンに入り
ほぼお客さんが来ない城崎温泉お宿街山荘
去年までは大阪の店で頑張ってたけど今年からはそれもない
昨年の夏から不況に見舞われて青息吐息の現状で
オフシーズン、何かバイトを見つけて稼がねばと虎視眈眈のオレ

で、その社長さん、長崎で造船の仕事ならいけるかもと
棚から牡丹餅、
ログビルダーのオレやけど船にもメッチャ興味あるやん
「社長、その仕事ぜひやらして」
「頑張って見ます。直ぐに連絡します」
決まれば住むとこもあると言う

散々な昨年やったけど、今年は何か良さそう

最新の我が著書

オレの最新の著書『征生男ゆきお』の読後感こんな風に送ってきてくれたよ。嬉しい〜😃

よしおさん、こんにちは。
本の感想をお伝えしようと思っていながら、いろいろあってつい遅くなってしまいました。
序盤からぐいぐいと引き込まれる文章。とくに武闘シーンの描写は、実際にストリートファイトを経験した方にしか書けないようなリアルな緊張感に溢れていました。そして、その闘いの傷を癒してくれる、女性達との艶めかしい絡みの描写も素晴らしく、別の意味での緊張感を与えてくれます。
背景となる時代や人物のディティールもしっかりしていて、それによって、征生男の人物像がくっきりと浮き彫りにされてきます。

息をつく暇もなく一気に読み終えてしまって、今は喪失感に苛まれております。
早くつづきが読みたいです!

2017年3月10日金曜日

チャリで日本列島縦断

そして彼は明日早朝に旅立つ
正に旅、サバイバルとは言えないがその要素の詰まった旅

青森出身で関東からやって来て
城崎温泉の北、津居山漁港で漁師になって頑張っていた
ところが先輩の漁師に毎日のように暴力の制裁を受け
限度を感じて漁師を降りた話は先日したよね

運転免許はないがチャリが大好き、何処へでも遠くでもチャリで出かける
で、今回は漁師を辞めて決めたコト
日本列島をチャリで縦断なのだ。しかも殆んど野宿ときたぞ、凄いよね〜
明日早朝大阪までチャリで行き、大阪からフェリーで鹿児島まで
そこからアイヌモシリ(北海道)の稚内まで
折り返し故郷の青森まで、その行定に変化が起きた

昨夜最後に訪ねてきた。ま、我々にとって最後の飲み会
と、そこへ御老体がお一人ご来店
生ビール、カレーパスタ、レーズンバターのご注文
最近はよくカレーパスタを勧める。ボリュームがあって美味い❣️

カレーパスタを作ってホールに戻ると
初対面の2人が何やら話が弾み意気投合している

ご老体のお仕事がボーリング屋さん、宮城県の南三陸でやってると言う
地名を聞いて悲しいことがいっぱい蘇った
そう言えば明日、3月11日がその日。丁度6年の歳月。

ご老体は6年前の大震災で南三陸へ行きそのまま定住した
今も全国的にボーリングの仕事を手がけている

日本列島をチャリで野宿で縦断する話に関心を抱いた
アイヌモシリの稚内で折返し秋田に戻る前に南三陸に来ないか
旅の後は仕事を探さねばなるまい
どうだ、ウチに来ないか。その根性買った

てな訳で2人が意気投合
チャリ君、旅の後の仕事探しは免除され安心して旅ができるコトになった
街山荘って、マジ出会いの場なのだ

因みに、聞いてビックリ
おの御仁、オレと同年。しかも同じ原田でありました



2017年3月8日水曜日

旧友

スキヤーは消えた。全員がスノーボード
80年代果敢にスキーツアーを催して大阪から信州へ
それから30猶予年、その時の仲間が揃って城崎温泉
お宿 街山荘に先日やって来た
神鍋でボードを楽しんだ帰りなのだ

「マスターが勝った分、全部一発勝負でやろう」
カモは向こうからいつもやってくる
で、三回に一回は負けてやる
彼は今もそれは自分の実力と信じて疑ってへん
80年代、アメ村の街はプールバーやった

「こんだけしかでけへんけど邪魔にはならんやろ」
別室にオレを招き懐から分厚い封筒を
100万円入っていた
1989年、信州木島平へ旅立つ前のこと
農地を整地して基礎を建てその上に日本一デカイログハウスを建てる
資金、マイナス、お客の有志に支えられて来た

いつも沈着冷静な職人
決して表に出ようとしない
娘を伴って来た、娘は友達を連れて来た

全員5人、三人は60を超えたいわば老人
けどオレの中ではいつ迄かつての仲間意識
、、、ちゃう、違う。
久しぶりに 一緒に飲み時を過ごす内に如実に彼らの年輪を感じた

オレが一番年上やのに彼らの老け込みを目の当たりにし
メッチャ寂しさが胸の中いっぱい広がった
街山荘はお客さんも2代目に引き継がれて来た
オレも、多分後10年は元気やろう

2017年3月7日火曜日

三月に雪⁉️

春近しと言うのに

今日は昼前から雪

あぁ早く暖かさの中に包まれたいよ〜


2017年3月4日土曜日

理不尽に

理不尽って言葉がある。
その言葉はこの世に溢れるように氾濫している

オレが竹野ビーチまでウォーキングした同じ日に
彼は天橋立までの55kmをチャリのロードをやって帰って来た
そしてその夜街山荘へ飲みに来た

今年、2ヶ月もなれへんな、そんな前フラッと入って来た
20代後半の青年、
どう見ても控え目で真面目でおとなしい
秋田出身で初めて城崎温泉に来て津居山港の漁船に雇われ
漁師を始めたと言う

Fbで初めて獲得した給料がこれまでの人生で最大級と喜び
その足で豊岡のリサイクルショップにいき家電を買い
寂しかったアパートに便利と潤いをつけた

週に一度くらいのペースで飲みに来てくれる
貴重なお客さんや、そやからオレも親身に話をする
彼はオレの著書の愛読者でもあって

漁師を辞めました。
えっ、どう言うこと!あれほど喜んで楽しんでるようにしてたのに
殴られるんです。しかも顔を。もう限界です
二つほど年上の先輩に毎日殴れてたと言う
船長は一応殴るのな止めろと言うが
隠れたとこで毎日殴られると

それで昨日よくよく考えて船長に辞めますと言うたのだ
おいおそれってアカンやろ。そんなん警察に言うて傷害罪で訴えろ
そしたら他の皆さんに迷惑をかけますし
何言うてんねん。一番迷惑を被って被害に遭ってのんは君やろ
、、、、
アカン!そう言うニホンジンが一番アカン!自分の権利はチャンと自分で発信しろ
、、、、
このまま引き下がったらソイツは次またおんなじ事やるんやで。そんなヤツは許したらアカンねん。よし、オレが一緒に行ってソイツと対決したる。
いや、もう決めた事ですから良いんです

寂しい寂しい風が胸中を通り過ぎるのを感じた
ニホンジン、ホンマにダメぜよー
理不尽に負けて去って行く、口惜しいね

2017年3月2日木曜日

竹野ビーチまで約9kmのウォーキング

2月27日の夜は若者4人が夜中の3時頃まで居たので
28日は昼過ぎまで惰眠を貪って居た

1時過ぎ仕方なしに起きた
さて、起きて何する?それが問題だ
やる事は山積してるようで、けど、やる気丸でない

ふと、竹野ビーチに行こう、気ままに思い立ち実行に移した
曇りがちながら時折陽射しもあり雨の心配はなさそう
竹野ビーチまでおよそ9km、
野菜いっぱい具沢山の焼そばを作り
発泡酒1、サツマイモ1、玉ねぎ皮茶をミニボトルに
折畳み小型ノコ、カッター、メモ帳、ボールペン、携帯、タオル
帰りは竹野駅から電車で帰り城崎温泉に着けばそのまま『里の湯』温泉に直行
なので靴下、下着の着替をリュックに詰め込んだ

城崎温泉の町中を縦断して抜け
志賀直哉で有名な桑の木までは2km、
先日小雨の中をそこまでは歩いた
そこから向こうはチャリも歩きもしたことがない

何でも初体験に興味津々な吾輩
鋳物師戻峠、これ「いもじもどしとうげ」と言うのだ
そこに300m程のトンネルがある
竹野に行くにはここまでが登りでここから降り
桑の木から鋳物師戻トンネルまできつい勾配で距離もあると


何の事はない息が上がることもなく距離も意外と短かった
山間の道はその両脇に押し上げられた残雪が
輝きを無くし白い長い巨大なむくろのように侘しく長々と続いている
圧倒的に多い杉と竹は冬枯することなくタップリ葉を湛えている
それ故に先日のこの地方特有の重い雪の餌食になり
あちこちで折れたり曲がったりして地に伏して居た
その他は冬枯で枯れ満ちて残雪を被った山肌を透かせて見せ
風が冷たく通り抜けて行く、
それが歩いて火照ってきた頬に心地よく当たって行く

鋳物師トンネルを抜けると下りの方が短いカーブが繰り返し勾配がある
足は勝手に早足になり逆に体力が要る
気をつけへんと膝へとわずかな衝撃がボディーブローのようになって
あととか明日とかに影響出るかもや

眼下に竹野の里が見えた
冷たい空気の中で里の風景はのどかで春の装いを始めている
そこから直ぐに竹野川沿の県道に降りた


後2kmも歩けばビーチに辿り着けるはず
行手に竹野ビーチに突き出る岬の山が誇らしげに鎮座している
あれを見る度に琵琶湖の近江富士を思い出す
大きさ言い形と言い兄弟のようだ

山道を歩きも稜線や里山、川の流れを愉しんでいると
いつも信州木島平の過ぎし日が蘇る
体内に取り込んで同化したあの頃とその景色

1998年12月16日朝、巨大ログハウス ロッヂ街山荘は全焼した
あれからオレの変転極まりないジプシーのような生き様が
一人きりになって既に10年有余。
独り生活も慣れた。それが当たり前のオレのこれから

けど、時折、芯のとこで隠れたとこで心に揺さぶりをかけてくる
独り遠出して歩く、過去を振り返り今を見つめ明日を解きほどく

尻すぼみの狭い城崎温泉に居ると
竹野の町がのびのびゆったり広く感じる
ビーチを囲む集落には意外と迷路のような路地が入り組んでる
こんなとこ色々探索するのも歩く楽しみなんや

探索してると波の音が幽かに路地の隙間を通ってきた
一つ先の路地を覗くとコバルトブルーの海原見えた
今日は天気も穏やか波も穏やか
早速砂浜の手前のベンチに腰を下ろし弁当と発泡酒

歩いている時は少し汗ばんで丁度良かったが
ビーチで腰かけ海風を受けてると汗が冷え急激に寒なった
当たり前や、春近しと言えど未だ未だ冬でござる

耐え切れず弁当半分だけ食ったところで
腰を上げ竹野駅に向かった。
次は逆コースにするかな