午後からずっと雨
それも時折激しく降ってくる
それもあるのか今夜はお客も早く帰り早々と閑散とした
お客が居ないと商売にならんが
実はそんな時間が妙に好きなんやな
特にこんなに雨の降る夜は
屋根を叩く雨音がお客の居ない店内を小気味良く走り抜けますな
目を閉じて屋根を叩く雨音をゆらりと聞く
周りの全てが人工的なモノで埋められ満たされ時折息苦しくなる中で
その雨音だけが太古から揺るぎのない自然の営みとして伝えてきてくれる
自然と程遠いこの空間ながら雨音だけが多彩な自然を届けてくれるような
灯が消された飲み屋が並ぶこの路地に淡い闇が覆い音の響きをけして
既にほぼ眠りに陥ったであろう都会の深夜、人の気配を殺している
闇の蒼さが窓外に見え
実は狭い路地の向かい側、飲み屋街に不釣合いな賃貸マンションが胸を反らして迫るように建っていて、この地球の景色を一切奪い、隠し、マンションの窓が視界を占有しているけど
それでもせめて観念から湧き出る夜の闇の蒼さだけを見つめて
その、蒼い蒼い色の中を無数に透明な雫が降り注ぎ命の育みを刻んでいる
瞑想して雨音に耳を傾けて、、、、
何故か母の面影がよぎる
母が雨音に乗って、雨音と一緒に黄泉の郷(さと)から訪ねてきているような
単調な雨音に心を奪われて、ふと、童心に帰り、母へ想いを募らせてしまう
67歳になっても母を想うトキは素直に童心になってしまうから不思議ものじゃ
その母も晩年に気弱になったのか病床で母の母を呼んで泪をたたえていた
もうまるで童女のように泣く母を見ていたら、
その悲しみが細い糸となって伝わってきたものだ
長い闘病で小枝のように痩せた腕を力なくわずかに伸ばして
「ちょっと座らせて窓の外の景色をみせて」
動かしてはいけないと言う、医者の言葉を忠実に守って
母の最期の些細な願いを拒み続けた
あれから直ぐに昏睡状態になって一週間ほどで逝ってしまった母
最後の些細な願いを聞いてあげなかったオレの悔恨は今もしこりになって続く
母を偲ぶ自分に、時代を超えても人の根源の思いは変わらないものかもと、、、
小学生の頃、学校から帰り家の戸を開けるや否や誰に訊くでもなく
「お母ちゃんは?」
口癖のような帰宅の第一声、
それで母が居たらどうってコトもなく二階の自室に籠もる
母が出かけていて居ないと分かると落ち着きを失くし妙にうろたえていたものだ
寄りかかり、全てを託せた自分だけの母の大いなる存在は
今もこうして蒼い闇の中で虚ろな思惟のまま蘇ってくる
多分、誰しもそうやろうけど、人とは寂しい生き物なんやろう
こんな商いをして46年の歳月の中でどれだけ多くの寂しい人達と出会ったか
そんな人達の話をカウンセラーもどきに聞き入ったものだ
あの人の顔も、この人の顔も虚ろな思惟の中で浮かんでは消える
それにしても、激しい雨の割には妙に暖かい今夜
昨日まで灯油のストーブを点けていたのがウソのように温暖で
体は正直に反応して熱燗よりも冷たいウイスキーのロックを欲しがってる
ウイスキーを舌に乗せたまろやかさが、喉に通る冷たさが
心地好く、憂愁に包まれながらも身も心もほんわかと癒してくれるようで
雨音と調和して大好きな沈静した森に誘われる気配が満ちてきた
先月行った信州木島平村の雪の森を、雪を被った樹木たちが蘇り
鮮明な墨絵の景色が凛として意識に広がると虚ろな思惟が遠ざかると
ウイスキーのロックを片手に本を読む
何故か何年かぶりに、李正子(イ・チョンジャ)の『鳳仙花のうた』を開いている
思えばこれで7度目になる
『鳳仙花のうた』と出合ったのは図書館でふと目にした
パラパラとページを捲り彼女の短歌の数行を読んで、読んでみようと決めた
・おさなき日罵声のなかを「鮮人」のわれは母の名よびてつつ駆けぬ
・替えられし弁当の砂に額(ぬか)伏せて食(は)めばたちまち喚声あがる
・石つぶて受けておさなき心にも「鮮人」の意地に涙こらえき
つづく
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